医師にとっては

 前回は、医者にまちがった薬を出されて、取り替えにいったら、料金を請求されて、頭に血がのぼったところまで書いた。

 しかしここで30分ほど待たされたおかげで、沸騰しかけていたわしの頭は、少し冷静になった。その頭で診察室へ入った。
 医者は黙ってわしの訴えを聞いていたが、話し終えると、やおら口を開いてこんなことを言った
「待合室に張り紙が出してあるのを、ご覧になりませんでしたか? 当院の診療を受けておられる方が、外から電話をかけてこられて、わたしが出てお話をしたら尖沙咀 Facial、再診療費をお受けすることになっております。これはどなたにもお願いしている当院の決まりです。これは医事関連法でも認められている、公認の診療報酬です」
 わしのカンシャク玉の皮が、なんとか耐えられたのはここまでだった。ついに爆発した。
「患者を愚弄にするのもいい加減にしろッ!」
 医者は、草むらから突然飛び出してきたヘビに驚いたチワワのような顔になった。そして数秒 間をおいてから言った。
「はばかりながらわたしは、患者さまをグローするようなことは、いままで一度だってしたことはありません。わたしがお願いしているのは、医事関連法でも認められている当然の・・・」
 わしは医者の言葉を途中でさえぎり、先ほどたっぷり待たされている間に考えておいた異議申し立てをいっきに口にした。
「そんなおかしな話が、他のどこで通用しますか。いいですか・・・例えばですよ、家電量販店でなにか電気製品を買ったとします。家に帰って梱包を開けたら、店頭で選んだものと品物が違っていた。そこで店に電話をしたら、持ってきたら取り替えると言われた。そうした場合、その家電量販店は、客に電話応答料を請求しますか!」
 医者は、困惑と苦笑を混ぜ合わせた狆(チン)のような顔になって答えた。
「医療の現場を、家電量販店と一緒にしてもらっては困るなァ」
「なにを言ってるんです。結局は同じじゃないですか。医療現場だって、医療サービスを行って面霜推薦、その代価として報酬を受け取っているわけでしょ。扱うものが家電製品か医療サービスかという違いだけで、根本は同じです」
「いや違います!」チン顔が、こんどは憤然としたチャウチャウ犬顔になった。「わたしたち医師は、金銭だけのために仕事をしているのではありません!」
「そうなんだ、そこなんだ!」わしはここぞと声に力を入れたよ。「まさにそこなんですよ、先生、私が言いたいのは・・・。人の命にかかわる仕事をしている、という美しげな看板の陰で、実際はこういうケチなことをあんたたちは平然とやっているんだ! わたしが患者をバカにしているというのは、そういうことを言ってるんです!」
 こうなったらもうわしの口は止まらない。腹の中にあることを一気にまくしたてた。このケースのように、たとえ小さな事柄であっても、医療従事者らしい目を配ることをせず、「外から掛けてきた電話に医師が出たら・・・」「公認の医療報酬で違法ではないから・・・」などといった建て前のもとに、弱い立場の患者に問答無用に費用を請求するというような状況・・・それこそまさに「金儲け主義医療」そのものではないか。さらに、そうした品のない小さな行為の積み重ねが、いま日本で大きな社会問題となっている「医療不信」、あるいは「医師不信」を生み出しているのではないか・・・。
 わしのケンマクに多少ビビッたのでしょう、まもなく医師は折れて深層滋潤霜、「今回は特別の例外措置」として、電話による再診料は支払わなくてよい、ということになったのだった。
 わしは家へ帰り道、勝利を手にした凱旋将軍の気分・・・ではなかった。じつはなんとなくサエない気分だった。ふと相手の医者の身になって考えてみたからだ。今ごろあの医者は、さぞかし不愉快な思いをしているだろうな、と。
(今日はツイテないナ、嫌な患者にぶつかってしまって・・・。ああいう連中が一番困るんだ、ああいう中途ハンパな知識を持っているヤカラが・・・。今は医院経営も大変で、こうした小さなことからも細かく金を取るようにしないと、なかなかやっていけないことなんて、あいつらには分かっちゃいなんだ。建て前を振りまわしているのは、あいつらのほうなんだ・・・)

 確かに、中途ハンパな知識と皮の破れやすいカンシャク玉をあわせ持っているわしのような患者は、医師にとってはうれしくない客だろう。

 でも、わしはふだんから思ってるんだ。医師に対して日本人は少しおとなし過ぎる・・・と。べつだんカンシャク玉をむやみに破裂させる必要はないけれど、患者として主張すべきはきちんと主張しなければならない、と考えているわけだ。演劇界でよく言われるらしいが、「舞台を良くするのもダメにするのも観客しだい」という言葉は、どの世界にも当てはまると思う。

 ・・・と、そんなことを思う頭の隅のほうで、別の声もしていたよ。近所の医者とこう軒並みケンカしてたんじゃ、イザというときに困るんじゃないの・・・って。